まったく、この世界で生きるのは憂鬱である。
朝起きれば鳥が騒がしいし夜になれば蛙が騒がしい。
昼間にサイト-08に来てみれば同僚がやはり騒がしい。
…こんなふうに。
「凛音ー!まてまてー!」
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?」
全く何をやっているんだか。
そして周りの社員はなぜ止めない。
周りは傍観する男性社員だらけだ。
でも1人だけ呆れ顔で覗く女性社員がいる。
…あの女性社員、見たことある気がする。
誰だっけ?
なんだろう。容姿じゃなくて、雰囲気が。
その女性社員は手に何かを抱いて撫でている。
…猫だ。
今まで私は生き物に「愛」という感情を抱いたことがなかった。
しかし猫は例外だった。
その毛並み、目、泣き声、仕草。
全て大好きだった。
ふとその女性社員と目が合った。
反射的に目を逸らす。
最初は戸惑っていたようだったが困ったような笑顔を見せると、こちらに手招きしてくれた。
優しそうな人だ。
おずおずと近づいてみる。
猫は黒猫だった。その金色の瞳は夜空に浮かぶ満月のようだった。
「撫でてみます?」
突然話しかけてきた。
どう返せばいいのだろう。
「どうぞ」
そう言うとこちらに猫を近づけてきた。
恐る恐る手を近づけゆっくり撫でおろしてみた。
よかった。案外気持ち良いらしく、喉をゴロゴロ鳴らしている。
「あの!」
ほぼ反射だった。不思議と声が出たのである。
「? どうしました?」
「明日も撫でていいですか?」
勝手に声が出た。
「勿論ですよ。明日私の部屋にいらして下さい」
優しく微笑みかけてくれたその人は先ほどから騒いでいる同僚の元へ行ってしまった。
…一瞬、猫の名札が見えた。「クロエ」と書かれている。
そうか、あの猫はクロエというのか。
まったく、この世界で生きるのは憂鬱である。
朝起きれば鳥が騒がしいし夜になれば蛙が騒がしい。
昼間にサイト-08に来てみれば同僚がやはり騒がしい。
今はまだ何も見えない。
でも、いつか何かが見えるまで、取り敢えずは歩いてみようと思う。

