失踪
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それは雪の結晶が光る真冬の日のこと

サイト-08 神櫻社員 自室

警告:不正アクセス

No.8~9への不正アクセスを感知。

対処をしてください

神櫻のPC画面に真っ赤な画面が映し出された。

部屋が赤い光で包まれる。

「ああ、またか」

そう呟き、私はまたキーボードを殴りたたき始めた。

なぜかは知らんがここ一年で営利法人データベースへのハッキング被害が多発している。

なぜセキュリティー課のセキュリティーを通り抜けられるのかは知らんが。

しかし、ハックされたのがダミーで良かった。漏れたのは偽造ファイルの情報のため無害だし問題ない。

だが何故我々のセキュリティーを通り抜くことができる?

そもそもパスは未知の言語で指定されている。到底人間には理解できないような代物だ。

ということはハックは人間が行なっているものではない?

Compassのような高性能AIが行っているのだろうか。

「考えても仕方ないな」

そう呟くと50台はあるであろうモニターに向き直る。

私はこのデータベース・施設の管理者を任されているのだ。

無害とはいえハッカーを見過ごす訳にはいかん。

そして私の両手は最早別の生き物のように動き、記号と数字の羅列を打ち込んでいく。

神櫻の周囲に数字と記号の雨が降った。

脳は高速の計算機と化し、部屋に響くのはキーボードの音だけである。

そんな時間も過ぎ、神櫻はEnterkeyを軽く弾いた。

これで流し込まれたウイルスは全て『殺菌』される。

案外幼稚なハッカーだな。

しかし、毎回毎回ハッカーが進化してきている気がする。

弄ばれているのだろうか。

やはり考えても仕方ないことだ。

ふと窓を見る。

「もう夜か」

そんなこと言っても私に昼夜など関係ないよな。

そう考えつつ外の空気を吸いにベランダへ向かう。

現在の気温は5度。しかし室内は冷房が効いてるためあまり寒さは感じなかった。

ふと、白いものが空から降ってきた。

「…あ」

それは今年初めての初雪であった。

「今日は一段と冷え込みそうだな」

白い息を吐きながら神櫻はそう呟いた。

そして室内に入りピシャリとベランダのドアを閉めた。




同時刻。サイト-08南口。

私は一仕事終えると必ず、サイト-08の中庭にある珈琲販売機に寄ってく。

ドロイドが飲食するというのも変な話だが。

確かに私には飲食の必要はないが、私にも一応味覚ありますし。

ただの娯楽みたいなものではあるが一応飲食はする。

いつも通り、中庭に足を運ぼうとするが、

私の脳(そもそも私に脳なんてあるのだろうか)に考えが過る。

「そういえば部屋にまだ飲んでないやつがありましたね」

そう呟くと踵を返し、中庭と逆方向の自室に向かう。

私には主・神櫻様より部屋を頂いていた。

それはサイト-08唯一の余り部屋であり、コンクリートの壁で所々カビも生えている粗末な部屋だ。

しかし私はこの部屋を気に入っていた。

「…やっぱり」

私のデスク上にいつもの缶珈琲があった。

まだ生温かい缶を開け、中の珈琲を一口飲む。

そして私は箱の扉を開けた。

そこには「クロエ」がいた。

何時ぞやかに雨で濡れていたので助けた猫である。

そう、私は猫が大好きであった。

この世に創り出されてからはこの世のものに大きく興味を持ち、触れてきたが、愛玩動物はまさに革新的だった。

私はその黒猫に「クロエ」という名前を付け可愛がった。

最初は私に威嚇してきたが、徐々に打ち解けていき今ではこうして仲良く過ごしている。

この時間が堪らない。

突然クロエが私の肩に登り缶珈琲に鼻を近づけた。

「喉乾いたの?」

クロエはその問いに答えるように鳴いた。

しかし猫にカフェインを与えてはならない。

一応クロエ用にミルクは用意してあるがクロエは珈琲に興味を示しているようだ。

駄目だ。押さえろ私。

しかしクロエは懇願するように私の頬をぺろぺろ舐めている。

か‘‘わ‘‘い‘‘い‘‘!!!

そんな楽しいひと時も束の間、私は顔を歪めた。

神櫻様の気配が消えたのだ。

天性の影の薄さから、元から神櫻様には気配など殆どなかったのだが、

今の今まで私は僅かに気配を感じ取っていた。

しかし、それが忽然と消えた。

睡眠の可能性はないだろう。

ならば気を失った?

そんなあるはずがない。

なぜなら彼には疲労という概念がないからだ。

故に睡眠を必要としない。倒れるようなこともない。

…まさか。

私は最悪の結果を想像してしまった。

それを思考から追い出そうと必死に首を振るが脳裏から離れない。

私の体は考えるよりも先に動いていた。

クロエを箱の中に戻し、神櫻様マスターがいるであろう自室に向かった。

マスターの自室は施設最上階の見晴らしのいい場所にある。

途中エレベーターターミナルに行き着いたが乗るのはやめておいた。自分で行くほうが早い。

途中何人もの職員とすれ違い、凛音様と出会った。

「あ!Commpass!どうしたのそんなに急いで?」

「マスターは今何処にいらっしゃいますか?」

凛音様は首を振った。

「いや、分からない。たった今ここに来たからさ」

「そうですか。ありがとうございます」

そして私はまた走り始めた。

何処に行ってしまったのだマスター。

神櫻の失踪

同時間。愛知県██市 ██国立██高等学校。

「んじゃ、46ページを天城。読んでくれ」

天城あまぎ。私の偽名だ。

「はい」

それは徒然草のページだった。

「つれづれなるまゝに、日くらし硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書き付くれば、あやしうこそ物狂ほしけれ」

簡単な古文であった。

「えー徒然草はですね。江戸時代以降は教訓書として読まれてきました」

教室にはシャープペンシルと先生の声とチョークの「カッカッ」という痛快な音しか響かない。

それが日常であった。

しかし。

突如不穏な甲高いサイレンと共に機械音声が聞こえる。

「 ミ サ イ ル 警 報。 ミ サ イ ル 警 報。 ミ サ イ ル 警 報。 」

その途端全生徒が席から立ち、シェルターに向かう。

私はその人ごみに紛れ、トイレに向かった。

ここは一見普通のトイレであるが、ここは営利法人の設備がある。

私は鏡にレベル5カードキーをかざした。

「セキュリティーカードを認証しました。ようこそ。"フィフス"様」

そして隠しエレベーターと化した用具箱に入り、極秘エリア██へ向かっていく。

私はあの警報を聞いて確信した。

あれはミサイル警報ではない。

半音だけ音が高かったのだ。

半音高い警報音は営利法人内での緊急事態を意味する。

なにか警報、地震速報やミサイル警報を耳にした時、

その警報音が半音高ければ極秘エリア-██に集まるよう、

クリアランス-4以上の社員は教えられてきている。

なにがあったというのだ。




それよりも少し前、神櫻社員 自室

神櫻は目を疑った。

なぜなら目の前には"天使"がいたからだ。

純白の羽、純白の服。そして何よりも周りに漂う神々しい光。

元々無宗教である神櫻ですら天使だと分かるくらいの天使であった。

そしてその"天使のような何か"はこちらに柔らかな笑みを浮かべてこちらを見ている。

この場合一般人は不思議がって自分から話しかけるのだろうが、あくまで神櫻は営利法人社員。

今やるべきことは分かっている。

腰に収納された拳銃に手をかける。

しかし"天使"は動じずこちらに微笑みかけてくるだけであった。

拳銃の存在に気付いてないのか拳銃を突き付けられるほどの余裕があるのか。

恐らくこいつは破壊不可能のアノマリーだろう。

しかし、銃くらいは脅しになるか?

あちらは全くこちらに話しかけてこない。

拳銃を構え、狙いを対象の頭部に定める。

「…何者だ?」

私がそう言うと"天使"は首を傾ける。

「見てわからない?見たまんまの天使じゃん」

中性的な声で天使は私に問う。

「お前が何なのかは分かった。しかし、私はお前みたいなやつを確保して上司に送り届ければならないのだよ。そういう仕事なもんでね」

「うん、知ってるよ。"営利法人なんたらこうたら"ってやつでしょ」

「"営利法人因幡の白兎"だ。まったく」

「そうそうそれー」

そう言うと困惑している私をそっちのけで天使は「キャッキャッ」と笑っている。

「とにかく、なんでお前みたいな存在がここにいるんだ。何が目的だ」

そう問うと今までの微笑みが一変。天使は不敵な笑みを浮かべた。

「知ってる?天使や死神っていうのは死期が近づいている人の前に現れるんだよ?」

どういうことだ。

いや、まさか。

「それは私がもうすぐ死ぬということか?」

「そうだよ。自殺でね」

私が自殺?

「私は今まで一度も自殺など考えたことがないんだが」

「さぁ、どうかなぁー?」

「とにかく、そのまま大人しくしてくれ。上司にお前の身柄を渡さなければならないからな」

拳銃を構え直す。

「自殺なんて考えたことないって言ってるけど、あなた"生きがい"ってモンがないでしょ」

…は?

生きがい?私にか?

考えたが思い当たる節がない。

「毎日毎日大量のモニターに向かって、睡眠をせず、24時間365日働いている。そんな仕事に生きがいを持ててない。あなたは」

神櫻は困惑していた。

なぜならすべて図星だったからだ。

「疲れてるでしょ?」

いつの間にか天使は神櫻の背後に立ちそう囁いた。

神櫻は動揺し拳銃を床に落とす。

神櫻は長く息を吐き呟く。

「…私に疲労という概念は無い」

「それは身体的な疲れでしょ?あなたは精神的にどうしようもないほど疲れてるはず」

優しく、そして甘く、天使は神櫻に囁く。

「だったらさ、楽になっちゃいなよ…。一緒に来ない?」

神櫻の頬に何か熱いものが伝う。

「そこにはあなたの求めている世界がある」

高校生くらいの上背はあるだろう天使は優しく神櫻を抱きしめ耳元で囁いた。




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その後。極秘エリア-██。

凛音と香織が極秘エリア-██に呼ばれたのは、今年初めての初雪の日であった。

極秘エリア-██第一会議室には他の社員も召集されているようで、

中にはCompassや"フィフス"を始めとした月光評議会も集まっていた。

会議室の椅子がほとんど埋まっているのを見て二人は自分たちが一番最後であることを悟り、

足早に自分の名札が置かれた椅子へと向かった。

「今日諸君を呼んだのは他でもない。今回、サイト-08にて脱走事件が発生した」

「脱走…黒級がか?」

「まずいな…」

「いや、荒鮫かもしれないぞ」

「ならもっとまずい」

周りの社員が呟きだし、会議室内がざわつき始める。

「ここは会議室ですよ。私語は慎んでください」

とCompassが一喝し、それを鎮める。

しかし、脱走とは。

なにが脱走したのだろうか。

「対象は九十九=神櫻。役職は全サイトのセキュリティー管理」

「…は?」

思わず香織は呟く。

凛音は絶句していた。

「特級社員がか?」

「前から変な奴だと思っていたが、まさかな」

香織は拳を握りしめた。

「待ってください。九十九はそんな人じゃない」

香織が叫んだことにより会議室は水に打たれたように静まり返った。

「財団、あるいは連合のスパイかもしれないんだぞ。現実を見ろ!」

社員の一人が席から立ち香織に反論する。

しかし、それで黙っている香織ではなかった。

「何を言うんですか。碌に会話もせず、九十九のことをまるで知らないようなあなたがそんな九十九の全てを知っているかのように!」

静寂としていた会議室は修羅場となった。

しかし、机や椅子、各社員の名札などがカタカタと震え始め、名札などの軽いものは浮き始めた。

この時会議室に居た社員全員はそれが月光評議会"ファースト"の重力操作能力のものであると悟った。

「最近のレベル4社員は無礼だな。会議中に大声を上げるとは」

"ファースト"の声を聞き渋々二人は座った。

「この事件だが対象は世界中に仕掛けられた監視カメラの死角をうまく通り抜けている。しかし、何度か監視カメラに姿を現し、現在向かっていると推測されるのは、東京」

「しかしまだ分からんな。そこから海外に逃亡する可能性もある」

"セカンド"が呟く。

「ああ、よって我々は捜索チームを派遣した。一度だけだが対象を発見したらしい。しかしそこには対象だけでなく子供も居たそうだ。しかもその子供はアノマリーの疑惑がある」

「そのアノマリーが九十九何らかの精神影響を及ぼした可能性というのは」

凛音が"ファースト"に問う。

「その可能性は捨てきれん。現在捜索チームが追っている」

「報告は以上です。皆さんは各々のサイトに戻ってください」

Compassがそう言い社員は会議室から出て行った。




同時刻。愛知県名鉄名古屋駅。

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「人が多いね」

天使が呟いた。

どうやら他の人間には天使が見えないらしい。

「因幡の白兎の人たちは邪魔しに来るのかな」

「来るさ。第一、営利法人の殆どの情報を私は知っている。ならば奴らは私のことを処分しようとするはず」

「なるほどねー。で、何で雨降らないのに傘を持ってるの?」

今日は雨の予報はないが神櫻は何故か傘を持っていた。

「これは後で使うことになる」

そう言うと神櫻は駅のホームの待合所に入った。

「来たか」

待合所の周りに3人、鋭い目つきでこちらを見る男がいた。

恐らく神櫻を消しに来たのだろう。

神櫻は待合所から出ると3人のうち1人に近づき、すれ違いざまに傘の先を男の膝に当てた。

男は唸り声をあげその場から退避した。

この傘には矢筒が仕込んである。

矢には毒が塗られているため男の足は暫くは動かないだろう。

神櫻が攻撃したのを確認した他の男2人は神櫻に近づいてくる。

そこを間一髪、神櫻は電車の中に逃げ込んだ。




神櫻が失踪し捜索隊が派遣された。

捜索隊は神櫻の返り討ちに会い尚も逃走中。

しかし、少ないが有力な情報を手に入れた。

一つは神櫻の精神は異常存在に侵されていること。

一つは神櫻は東京スカイツリーに向かっていることであった。

非常に少ないが大いに有力であった。

東京スカイツリーに派遣しなければならない。

捜索隊ではない。

同僚か、Compassか。もしくはその両方か。

とにかく神櫻の自我を取り戻すために神櫻の残り少ない抵抗力を鼓舞させなければならない。

もし失敗すれば神櫻のもとには狙撃手を派遣することになる。




東京スカイツリー(封鎖済)

「綺麗だね」

天使が呟いた。

天使の視線の先には星空の如く夜景が広がっている。

神櫻は決心していた。

ここが自分の終焉の地だ、と。

ふと、空に夜這い星が流れた。

反射的に窓を見る。

しかし、神櫻は空ではなく窓に映った同僚を見ていた。

自分を連れ戻しに来たのだろうか。

しかし神櫻は振り返らなかった。

同僚たちも同様に声を掛けなかった。

いつもは人混みで溢れ、騒がしいはずの展望台に静寂が訪れる。

「九十九」

先に口を開いたのは凛音だった。

しかし帰ってきたのは"沈黙"という名の応答だった。

「帰ろう」

確かに凛音たちは神櫻を連れ戻しに来た。

しかし、その目は決して冷ややかではなかった。
「さようなら」と言えばいいのだろうか。こういう時何を言えばいいのか私にはもうわからない。
神櫻は仲間に向かって振り返った。

全員が戦慄した瞬間であった。

神櫻の目には生気が灯っていなかった。

もはや神櫻の精神は完全に侵され後戻りができない状態にあった。

神櫻は拳銃を取り出し、凛音に向けた。

凛音は動じない。

その目は温かく、神櫻を一瞬躊躇させた。

「なんだよ。どうしたんだよ」

薄笑いを浮かべながら神櫻に問う。

「もう疲れた」

まさか神櫻の口からそんな言葉が出てくるとは思っていなかったのだろう。

凛音は黙った。

「私は後ろにいる天使と一緒に行く。あの世にね」

"後ろにいる天使"。その言葉を聞いた瞬間、全員が目を疑った。

なぜなら、神櫻の後ろにいるのは天使、などではなく。

それこそ"悪魔"と例えられるようなモノが今まさに神櫻を喰らおうとしていたからだ。

「さよなら」

次の瞬間、神櫻は拳銃を自分のこめかみに当てた。

撃鉄の音と共に神櫻の躰はぐらりと傾く。

それを見計らった"悪魔"は神櫻の躰を喰らい始めた。

展望台は硝煙と血霧の匂いで満たされた。

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