「さて、私はこれより貴方のお相手をする拷問官よ。よろしくね」
無機質な鉄筋コンクリートの営利法人第一拷問室の中には2人の女が座っていた。
片方の短髪は机と両手を手錠に繋がれている。そして相対する、自身を「拷問官」と名乗るその女は、全身黒ずくめ。室内だというのに真っ黒のコートを羽織っている。
ドアが数回ノックされる。中から入ってきたのは畏まったスーツを着た男性。黒縁の眼鏡を掛け、その表情は能面のように動かない。
「情報部長。あなた自らがここへ顔を出すなんて、珍しいですね」
「こいつは新たな要注意団体の一員である可能性もある。自分の目で確かめたかった。…それで?雨霰、お前の見立ては?」
「戦闘能力はそれほどだし…ただの犯罪シンジケートでしょうね」
雨霰と呼ばれた拷問官は肩をすくめ呆れたように言った。
「となると、我々が邪魔になったから、我々を殲滅するべく外にいたCompassを撃ったというわけか」
そして見事に返り討ちに遭った、と情報部長と呼ばれている男は言った。
しかし彼女は今、内心ほくそ笑んでいた。シンジケートの一員である彼女には最後の切り札があったのだ。
仲間の存在である。2分前の0:00、その時間帯に連絡が来なければ、味方が自分に代わって任務を遂行することになっている。その味方の数は20人、対象は4人。天沢凛音、小桜香織、霧島レイ、穂高三十郎。
この4人の殆どは階級こそ低いものの、営利法人の技術力及び軍事力の重要な一角を担っている者達だ。
そう易々と営利法人が手放すとは思えない、と組織は踏んでいた。
これらを人質にとり、彼女の解放を要求し始末する、そういった算段であった。
開始時刻はあと2分。
遅くても1分にはケリがつくはずだ。
ふと、男の携帯端末が低い音を立て振動する。
「失礼」
男は退室すると扉を背にして電話に出た。
仲間が捕らえた対象の携帯を使い、連絡しているのだ。
暫くして入室した男は彼女の顔を一瞥した。
「先程、お前らの仲間がうちの同僚たち4人を襲ったらしい」
彼女の顔に笑みが溢れるが、それは一瞬にして消えた。
「それをたった今捕縛したとの報告が入った。10人、あれで全部か?」
「そんな!あり得ない!我々は一年前から対象を監視していた!その結果によれば、奴らにはボディーガードすら存在せず、表社会では必ず2組で行動していた!必ず5体2の状況、ましてや訓練された戦闘員が2人もいるのよ⁉︎そんな状況が覆されるわけがない!」
女がヒステリックに喚き散らす。
現在より3分前、霧島課長及び穂高研究員。
「あぁ、眠い。さすがに深夜0時までは起きてられないや」
「買い出しも済んだし早く帰って寝るか」
深夜0時ちょっと前。
俺と穂高は買い出しに出かけ、その帰路を歩きながら談笑していた。
いや、俺は談笑しているフリをしていた。
穂高は気付いているのだろうか、先程から後ろを尾けている5人の男の存在に。
「そういえば霧島さん、気付いてます?後ろ」
「…あぁ」
…どうやら気付いていたらしいがそんな流暢なこと言ってられないな。
男5人がこちらに全力ダッシュで近づいてくる。
「Compass、58番ゲートから現在地へ大至急…」
「いい、下がってろ。俺がやる」
そして10秒後。
「うわぁ…痛そ…」
「Don't mock a former US Special Forces officer!…ったく、弱過ぎて相手になんねぇな」
同、凛音研究員及びエージェント香織。
「わぁー、眠いし腹減ったし寒いし。ねぇ凛音?くっついていい?」
「断固拒否する。…そんな顔してもダメなものはダメだ」
凛音が香織の要求を拒否すると、香織は膨れっ面で凛音に抱きついた。
「いいもん!無理矢理くっついてやるもん!」
「うわ、ちょ香織!勢い強すぎて倒れる!」
凛音は急に体に掛かった香織の体重に耐えきれず、2人は無様に道路へ倒れ込む。
そして撃鉄とともに銃弾が先ほどまで2人が立っていた場所に着弾する。
「あちゃー、やっぱり居たか」
「…は?」
香織は立ち上がると拳銃を持った男5人を見つけ、戦い始めた。
「え…ちょ」
状況が追いつかないまま1人取り残される凛音。
そしてこれまた10秒後。
伸びている5人の男の山の上に香織が立ち、コミカルにバンザイしている。
「ウィナー!」
「あのさ、香織…?」
「ん、何凛音?あっそうだ。転んだ時頭ぶつけてない?ダイジョーブ?」
「いや、それはともかくまず5、6箇所突っ込ませろ!」
「そんな…ありえない…ありえない」
女はうつ伏せになり、何度も同じことを呟いている。
「お前らは我々を甘く見過ぎた。これはその傲慢さの結果だ」
男はその能面のような真顔を一向に崩さず、淡々と喋っている。
「雨霰、後はお前に任せる。少しでも多く情報を引き出せ。その後は…」
…処分しろ。
男は拷問官に低く命じると扉のノブに手を掛けた。
「営利法人を舐めるな」
冷徹な声とともに第一拷問室の重苦しい金属扉は閉ざされた。

