ここは…どこだ?
見慣れた白い壁、営利法人の支社だろうか?
しかし、いつもの支社とは違う雰囲気だ。
しかしなぜ私はこんな所で寝転がっている?
何かやるべきことがあったはず。
そうだ。収容違反だ。
██支社で起きた収容違反に巻き込まれていたんだ。
そうだ、逃げなくては。
…どこに?
この部屋には出口らしきものが見当たらない。
いや、無いのか?
そもそもここは危険度の高い荒鮫が収容されている。
元から逃げることは不可能だ。
じゃあ、なぜ私は生きているのだ?
「あなたはもう、生きてなんかいませんよ」
誰だ?知らない。男だ。
スーツにメガネ、黒いシルクハット。
まるで、明治時代の紳士の服装だ。
「私の服装を見て少し戸惑ってるようですね」
わけがわからないままボーッとしている私をよそに、紳士は続ける。
「ここは黄泉支社。死んだ社員が行き着く場所です」
黄泉支社?死者が行き着く場所?訳が分からない。
「お名前は?」
名前。私の名前…。そうだ。
「伊…吹」
霧ケ竹伊吹。
「では伊吹さん。あなたはどこの支社で働いていましたか?」
「██支社…ですけど」
だんだん落ち着いてきた。
「██支社…聞いたことありませんね。まあ元号が何度も変わってますし、無理もありませんね」
元号が何度も変わった?なんだ?この人は本当に明治時代の人間?
「あなたは?」
そうだ。名前だけでも。
「松下真吉。武蔵1支社で働いておりました」
武蔵支社?聞いたことないがとりあえず。
「ここは?」
「ここは黄泉支社。死んだ社員がたどり着く場所です。さっきも言ったでしょう?」
「ということは私は死んだ?ということですか?」
「はい。おそらく」
死んだ。のか。なんか、不思議に冷静だな。私。因幡の人間だから慣れてるのかな?
「ここでまだ生きるのか、それとも死ぬのか」
なるほど。ん?
「ここで、生きられる?」
「はい。ただ働くだけですが。あ、そうそう。あなたのお仲間が数人。ここで生きると決めたそうです」
仲間。ここにいればまたあいつらと働ける。
…決めた。
「生きます。ここで」
「本当に?いいのですか?入ったら二度と、ここから出られませんよ」
今まで優しかった彼の表情が、少し険しくなった。
「はい、後悔は、しません」
「そう、ですか。分かりました」
そういうといきなり真吉さんは手をたたき、こう言った。
「みなさん!集まってください!」
すると不思議なことに何百人もの人が一瞬で集まってきた。
そこには、見慣れた顔も。
「新しくメンバーが入りました!伊吹さんです!」
すると周りのみんなが騒ぎ始めた。まるで、転入生がやってきたときの小学校の反応だ。
「改めましてよろしくお願いします。伊吹さん」
「は、はぁ」
その後、大体の仕事内容などを聞かされ、私の黄泉支社生活が始まった。
最初は大変だが今では慣れてきた。
毎日がとても楽しい、けど。
真吉さんだけは、いつも、悲しげな表情を見せる時があった。
それは、雨のように儚く、唐突に。
なにか、隠しているのような。
しかし、それは、いつのまにか、忘れてしまっていた。
花は散り際が一番美しい。
人の死も一度だけだからこそ儚く、また美しいのである。
__松下真吉・書
████博物館にて展示中

